ゼミ学生への推薦本

ゼミに配属が決まった学生たちから、どんな本を読んでおいたらよいかという質問のメールを受けることがる。白状すると、その都度自分の本棚を一巡しながら「え〜と、MBAの学生の参考になりそうな本は・・・」と探し、何冊か手にとってはそれらの書名を学生に伝えることをやっていた(在外研究で海外に滞在していたときは見て回る本棚がなくて困った)。毎年同じ事を繰り返すのも能がないので、学生への「お勧め本」のリストを作ることにした。あくまでも私のゼミを念頭にしたお勧め本であって、授業科目の参考書とは別である。

 

小室直樹『論理の方法』東洋経済新報社

本書で著者は、論理を自由に使いこなす方法としてのモデルの利用を説いている。モデルとは「抽象」と「捨象」により物事の本質的なものだけを強調して抜き出し、あとは棄て去る作業。丸山真男のモデル的な考え方を<天才的ひらめき>と評価しながらも「丸山真男を博学多才な大学者だという人がいるが ・・・ 正直に言うとむしろ浅学非才といった方が良い。 ・・・ 山本七平も典型的な浅学非才の人、その浅学非才の丸山や山本が偉いのは、ほんのわずかな知識で本質をずばりと見抜いたこと」ときっぱり云う小室には舌を巻く。小室は日本を鵺経済と呼び、丸山はデモクラシーなどというのは日本には異質的だと分析する。そして経済史家の大塚久雄は「資本主義の精神なんて分からない、理解できない、それが日本人だ」と喝破した。物事の背景や社会の構造を単純化して鮮やかに見せる彼らの手腕はすばらしい。おおいに参考になる。

 

K・マンクテロウ『思考と推論』北大路書房

副題に「理性・判断・意思決定の心理学」とあるように基本は心理学についての本だが、哲学や言語学、経済学、経営学、そのた広範な領域からのアイデアが盛り込まれている。特定の領域にとどまることなく、論理的に考え、正確な判断を行うために注意しておかなければならない多くの点を指摘してくれる。学生の中には、期待と実態を混同したり、相関関係と因果関係を取り違えていたり、体験を過信したり、日常のなかで物事の本質を見失っている人がとても多い。ただ流れてゆく「最新」情報に目を奪われるのでなく、あなた自身のOSをアップグレードしてくれる、こうした良書を学生のうちにしっかり読むとよい。

 

苅谷剛彦『知的複眼思考法』講談社

知識をただ増やすのではなく、大切なことは自分にとって必要な情報と知識を適切に読み取ること、ものごとの論理の道筋を追う力を身につけること。そして、常識とされていること(通念)を妄信的に受け入れるのではなく、自分のアタマで考え続けていくこと。著者はそのことを本書で「知的複眼思考」と読んでいる。ゼミに参加する前に、第1章と2章は必ず読んで欲しい。本書が気に入った人は、巻末の「リーディングリスト」を参考にして欲しい。

 

野村進『調べる技術、書く技術』講談社現代新書

著者はノンフィクション・ライターである。テーマを決め、取材を行い(人に会い、話を聞き)、原稿をまとめていく具体的な手法がここには述べられている。20代でフィリピンでの滞在経験をもとにした『フィリピン新人民軍従軍記』でデビューしただけあって、優れたノンフィクションライターの多くがそうであるように、彼もまた動きながら考え、人の話を聞きながら思索を深めていく。冒頭の「チャップリンのステッキ」という短い文章を読んだだけで、学生たちも修論のテーマを見つける勇気がわいてくるはずだ。


セオドア・レビット『レビットのマーケティング思考法』ダイヤモンド社

古い本である。しかし、本書で述べられている基本的な発想の多くは、いまも生きている。レビットはマーケティングの分野でしばしばコトラーと対比して語られる。コトラーがそれまで販売の延長のように考えられていた諸概念や手法をまとめあげて今のマーケティング概念を統合した一方、レビットの関心は狭い「マーケティング」に対してあったのではなく、事業活動を生み出すためのひとつの方策として、またそのために顧客を満足させるプロセスを構築するアプローチとしてマーケティングを捉えていた。

 

トム・ケリー&ジョナサン・リットマン『発想する会社!』早川書房

IDEOは世界でもっとも創造的なデザイン会社と呼ばれている。彼らが扱うデザインはプロダクトに関するものだけではなく、形のない、つまりサービスやコミュニケーションに関するものなど多彩な分野に及ぶ。本書には、かれらのクリエイティビティのベースにある数々の方法論や作業プロセス、自由闊達な企業文化、興味を引くファシリティが紹介されているが、もっとも印象的なのは若々しく独特の雰囲気とバイタリティ溢れるメンバーである。彼らの仕事のスタイルは、デザインに携わる人だけでなく、すべての業種において参考になる。著者であるトム・ケリーとの対談は、ここから読める。

 

フィル・ローゼンワイグ『なぜ、ビジネス書は間違うのか』日経BP社

ビジネススクールの学生も教師も、世のビジネスマンたちも、企業が成功するための秘訣が好きでたまらないらしい。だから、ビジネス教育の現場では、成功企業の分析をすることで隠された成功要因をつかみ自分のものにしようと考える。しかし、これさえ実現すれば成功が約束されるなどという便利な経営手法があるはずはない。成功のストーリーは単純であればあるほど魅力的に思え、それに倣うことで自分たちも次はうまくいくような気にしてくれるけれど。この本で述べられているのはハロー効果がもたらしている幻惑や相関関係と因果関係の取り違え、成功例だけを取り上げることで物事を単純化して考えることの危うさなど、どれも言われてみれば当たり前のことばかり。それでいて目を見開かされる。

 

D・ハフ『統計でウソをつく法』懇談社ブルーバックス

ジョエル・ベスト『統計という名のウソ』白揚社

谷岡一郎『「社会調査」のウソ』文春文庫

ビジネスには数字がつきものである。組織では、さまざまな統計数字やグラフをもとに経営やマーケティングに関する意思決定がなされる。また我々が日常で目にする新聞やテレビなどのメディア(ネットも含めて)には、彼らが行った現在の社会や生活に関する各種の調査の結果や政府による統計数値が「いかにも正しそうに」公表されている。だが、それらの調査の仕方、分析の内容、グラフなどでの表現方法には首を傾げるものも多い。リサーチ&データ・リテラシーは、ビジネスマンにとどまらず現代人すべてにとって不可欠な素養である。

 

ウォルター・アイザックソン『スティーブ・ジョブズ』講談社

名うてのジャーナリストのウォルター・アイザックソンが3年間のインタビューをもとにまとめたスティーブ・ジョブズの評伝。数多くの逸話に飾られたジョブであるが、彼はその生い立ちもあり、つねに自己とその環境とのつながりについて考え、そして行動していたように思える。市場調査などしなくても(むしろしなかったからこそ)世界が驚くような数々の製品を世に出し、経営学など学ばずとも世界的な企業を築き、リードした。ずば抜けた思考力と行動力を持った、まさにビジョナリーだった。

 

宋文洲『英語だけできる残念な人々』中経出版

著者は滞在30年、日本の大学院を修了した後、起業した経験をもつ。歯に衣着せぬもの言いで多くの本を著している。これもその中の一冊。彼の『やっぱり変だよ 日本の営業』から一貫して日本の社会、企業の特性とその背景を外側の視点で指摘したもの。論理的に物事を見、なおかつ人間的な視点で相手に対応していくというコミュニケーションの基本に気付かせてくれる。まえがきに「この一冊は、英語の勉強を3時間するより、必ずあなたのグローバル化に役立つと信じています」とあるが、その通りである。別の本をテーマに宋さんと対談。前半後半

 

大前研一『質問する力』文藝春秋

ビジネススクールでは、プレゼン力が強調される。これは、顧客や企業内で上や周りに自分の考えを適切に伝える重要性がますます高まっていることに他ならない。しかし、それにも増して重要だと僕が考えるのは「質問するチカラ」である。質問するチカラには、大きく2つある。まず、どう問うかという「How」(言い方、表現)。もうひとつは、何を問うのかという「What」となぜ問う価値あるのかという「Why」の組み合わせである。Howは慣れれば自然と上達する。しかし、「What+Why」の方は、意識して高めようとしないとできるようにはならない。本書が発行されたのは10年以上前で取り上げられている事例は古くなっているが、アタマの上に<?>の電球を点灯しつづける大切さをうまく説いている。

瀬谷ルミ子『職業は武装解除』朝日新聞出版
瀬谷は現在、日本紛争予防センターというNPOの理事長を務めている。ビジネスの経験はない。学生時代から国際紛争の解決を自分の仕事にするために学び、その後おもにアフリカの紛争地での武装解除とその後の地域安定化のための活動を行っている社会活動家だ。本書のなかで瀬谷は「私は、外務省、国連、NGOなど、自分の専門を軸にしながら、所属をそのつど変えて働いてきた。どの組織でも役に立てる人間は、現場のあらゆる問題に対処できる本質的な力を持つはずだと信じていたからだ。だから、どこの組織に属しているかは、あまり重要視してこなかった。そして、その考え方は、正しかったと思っている」と述べている。見せかけ(組織名や役職)に自分を委ねるのではない、確固とした仕事への取り組みの大切さを教えてくれる。

堺屋太一『組織の盛衰』PHP研究所
初版の出版が1993年だから、経営書と捉えるならば古い本である。経営学の研究者でもなく、企業経営の経験があるわけでもない堺屋による組織論であり、対象は企業だけでなく、軍隊や行政など広く日本の組織を扱っている。経営学者が書いた分析にありがちな個別論的な記述ではなく、巨視的な枠組みで日本の企業や諸組織の根本原理を説いていて今でも十分読み応えがある。なかでも第4章の「組織の『死に至る病』」は、示唆に富んいる。C・クリステンセンが1997年に発表した『イノベーションのジレンマ(The Innovator's Dilemma)』に先がけて、「環境への過剰適応」「成功体験への埋没」といったキーワードで同様の指摘をしている。

 リンダ・グラットン『ライフ・シフト LIFE SHIFT』東洋経済新報社
いままでにない新しい世界の中でどう生きていくかという人生の指南書。もっとも大きな社会の変化は長寿化であり、これまでの学び、仕事、引退という3つのステージ(つまり2つの移行)だけではもたない(時間をもてあまし、金を使い果たしてしまう)ということ。自分で仕事を作り、主たる仕事以外にも仕事を持ち、時間や空間に縛られない働き方。そこでは、仕事と趣味の境などない。これまでだって、好きに生きている人たちは自分の趣味が何かなんて語らない。彼らにはそんな意識すらないからである。